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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)415号 判決 1980年5月21日

控訴人 町田甲子三

右訴訟代理人弁護士 大月和男

同 大月公雄

同 清水洋二

同 須黒延佳

同 豊田誠

同 清水恵一郎

被控訴人 関根彬

右訴訟代理人弁護士 石川秀敏

同 山岸美佐子

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金四、三七三万四、七六一円及びこれに対する昭和四九年一二月一四日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人の第一次請求及び第二次請求中その余の部分を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、控訴人勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人らは「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、第一次的及び第三次的に、金五、四七三万四、七六一円及び内金五、一七三万四、七六一円に対する昭和四九年一二月一四日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を、第二次的に、金四、六七三万四、七六一円及び内金四、三七三万四、七六一円に対する前同日から右支払いずみまで前同割合による金員を、支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人らは、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は次のとおりである。

一  控訴人の請求原因

(一)  控訴人の担保提供と代位弁済

控訴人は昭和四八年九月二五日株式会社関東銀行(取手支店。以下「訴外銀行」という。)との間で、被控訴人の関係する慶銘商事株式会社(以下「訴外会社」という。)の訴外銀行との取引約定に基づく債務を担保するため、控訴人所有の原判決添付物件目録記載の各土地について、極度額八、〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結し、即日その登記を経由したところ、昭和四九年五月末ころ訴外銀行から右根抵当権を実行する旨通知を受けたので、これを免れるため同年一〇月一日訴外銀行に対し、被担保債権額四、三七三万四、七六一円を代位弁済した。

(二)  被控訴人の債務不履行責任(第一次請求の関係)

本件根抵当権設定契約の締結に先立ち、被控訴人は控訴人に対し、昭和四九年三月末日までに右根抵当権の被担保債権を弁済するなどして消滅させ、本件土地をなんら負担のない状態に置くことを約諾した。

ところが、被控訴人が右約定を履行しないため、控訴人は次のとおり、合計五、四七三万四、七六一円に及び損害を被ったから、被控訴人は右損害を賠償すべき責任がある。

1  代位弁済費用 四、三七三万四、七六一円

2  土地売却損害 八〇〇万円

控訴人は、前記弁済の資金を調達するため、昭和四九年九月三日前記目録(一)記載土地二、一五八平方メートル及び同(二)記載土地の一部(現在の三二三一番地の一八一)四六七・〇一平方メートル合計二、六二五・〇一平方メートル(約七九四坪強)を、坪当り六万円で真壁俊吉に売り渡したが、その当時、右土地の価格は坪当り七万円相当であったのに、抵当権の実行を免れるため売り急いでいたので、買主の要求に従って坪当り六万円で売ることを余儀なくされ、差額八〇〇万円の損害を被ったのであって、被控訴人は右事情を予見したか、少くとも予見し得たものである。

3  弁護士費用 三〇〇万円

控訴人は、被控訴人の債務不履行責任を追及するため、昭和四九年一〇月中旬ころ弁護士大月和男らに対して、事件を依頼し、同月一八日着手金として四〇万円を支払い、かつ成功報酬として二六〇万円を支払うことを約した。

(三)  被控訴人の保証責任(第二次請求の関係)

仮に、被控訴人に債務不履行責任がないとしても、被控訴人は昭和四八年九月中旬及び同月下旬控訴人に対し、訴外会社が訴外銀行から融資された金員について支払不能となり、かつ控訴人が担保として提供する土地が競売されたり、もしくはそれを免れるため本件土地等を処分して弁済する場合において、訴外会社が控訴人に対して負担する求償債務について保証することを約したから、被控訴人は右保証責任に基づき、控訴人が前記代位弁済により訴外会社に対して取得した求償債権四、三七三万四、七六一円と同額を支払う義務がある。

ところが、被控訴人が右保証債務の支払いに応じないため、控訴人は前述のとおり弁護士に事件を依頼し、その費用として三〇〇万円の出捐をせざるを得なくなり、損害を被ったが、被控訴人はこれを予見したか、予見し得たものであるから、控訴人に対して右三〇〇万円につき、債務不履行により生じた特別事情による損害としてもしくは、不当抗争に応ずるための出費すなわち不法行為に基づく損害として賠償すべきである。

それゆえ、被控訴人は保証債務額四、三七三万四、七六一円及び弁護士費用相当損害三〇〇万円合計四、六七三万四、七六一円の支払義務がある。

(四)  被控訴人の不法行為責任(第三次請求の関係)

仮に、被控訴人の保証責任を認めることができないとしても、被控訴人は訴外会社の経営状態が放漫であることを知り、かつ被控訴人自身も同社に対して数千万円を出資して資力がなくなっているのに、これを秘して昭和四八年九月上旬ころ控訴人に対し、「訴外会社が稲敷郡伊奈村に建売住宅を建築中であり、ついては資金調達のために控訴人所有の土地を担保として貸して欲しい。」、「控訴人には絶対に迷惑をかけない。万一の場合は自分の土地を処分してでも弁償する。」などと虚偽の事項を申し向け、その旨原告を誤信させて本件根抵当権設定契約を成立させた結果、控訴人は前記(二)に主張の五、四七三万四、七六一円の損害を被ったのであり、被控訴人は右損害発生の結果を予見したか、予見し得たものであるから、被控訴人は右損害を賠償すべき責任がある。

(五)  結び

よって、控訴人は被控訴人に対して、第一次的に、被控訴人の債務不履行に基づく損害五、四七三万四、七六一円及び内弁護士費用三〇〇万円を除く五、一七三万四、七六一円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四九年一二月一四日から右完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い、第二次的に、被控訴人の保証債務及びその遅滞に基づく損害(弁護士費用)合計四、六七三万四、七六一円及び内弁護士費用三〇〇万円を除く四、三七三万四、七六一円に対する前同日から右支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払い、第三次的に、被控訴人の不法行為に基づく第一次請求と同額の損害金及び第一次請求と同様の遅延損害金の支払い、を求める。

二  被控訴人の答弁

(一)  請求原因(一)中、控訴人が訴外銀行との間で、控訴人主張の根抵当権設定契約を締結したことは認めるが、代位弁済については知らない。

(二)  同(二)中、被控訴人が控訴人主張の約諾をしたこと及び被控訴人に控訴人主張の損害賠償責任があることを否認し、その余の主張についても争う。

被控訴人は昭和四八年九月ころ控訴人に対し、訴外会社から依頼されたとおり担保を提供する謝礼として一〇〇万円を貰える旨話したところ、翌日承諾する旨の返事があり、本件契約の成立を見るに至ったものであって、被控訴人は単に紹介の労をとったに過ぎず、控訴人主張の約諾をしたことはない。

(三)  請求原因(三)及び(四)はすべて否認する。

《証拠関係省略》

理由

一  控訴人がその主張の日に訴外銀行との間でその主張の根抵当権設定契約を締結したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、控訴人は右根抵当権の被担保債権元利金合計四、三七三万四、七六一円を、その債務者たる訴外会社のため、昭和四九年一〇月一日訴外銀行に対し弁済したことを認めることができる。

二  控訴人の主張によれば、被控訴人は本件根抵当権設定契約が締結されるに先立って、控訴人に対し、右根抵当権を昭和四九年三月末日までに消滅させることを約定した、という。しかしながら、本件で取り調べたすべての証拠によっても、いまだ右事実を認めるには足りない。したがって、右約定の存在を前提として、被控訴人の債務不履行により控訴人に生じたとする損害の賠償を求める控訴人の第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

三  そこで、控訴人の第二次請求について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  控訴人は農業に従事するかたわら豚を飼育していたところから、獣医である被控訴人に豚の診療を依頼しているうちに、同人と懇意になり、信頼を寄せるようになって、昭和四六年六月ころ被控訴人の勧めにより、那須の別荘用分譲地を玉地商事株式会社から購入し、昭和四八年七月ころには、被控訴人に五〇〇万円を融通するなどの間柄にあった。

2  被控訴人は、昭和四六年六月ころ前出の玉地商事の社員佐々木秀一の勧誘に応じて、那須の別荘用分譲地を購入したことが契機となって、同人と親しく交わるようになり、そのころ前記のように、控訴人ほか数人の者を玉地商事の顧客として佐々木に紹介し、分譲地の売買を成就させたのであるが、玉地商事の一部社員が訴外会社を新たに設立したことに伴って、佐々木が同社に転じた後は、被控訴人も同社に出資し、同社の経営について、何かと同社の社長木下道雄の相談に乗り、同社が昭和四八年始めころ以来取引のあった訴外銀行から金融を受けるについては、木下社長に同行して訴外銀行との交渉に臨んだりした。

3  訴外会社は、昭和四八年八月末ころ訴外銀行に対し、宅地開発用地買収資金として七、〇〇〇万円の融通方を申し入れて内諾を得たが、その担保に供することにした木下社長所有の土地には、既に優先担保権があったので、他の担保物を要求され、新たな物件を提供する必要に迫られた。

4  そこで、被控訴人はそのころ控訴人に対し、被控訴人が関係している会社が建売り分譲の事業資金を借り入れるため、控訴人所有の土地を三か月間、担保として貸して欲しい、謝礼金三〇〇万円を支払う旨申し入れ、その際は控訴人に断わられたが、なおその後も九月にかけて、数回にわたって懇請し、控訴人から被控訴人自身の所有地を担保に供すればよいではないかと質されたのに対しては、被控訴人が訴外会社の重役であるので、返済がおくれた場合、債権者に土地を簡単に取り上げられてしまうが、会社と関係のない控訴人であれば、債権者から容易に取り上げられることはない旨釈明したほか、万一の場合は手持ちの手形を割引くなどして返済するし、控訴人に迷惑をかけるような場合には、自己所有地を処分してでも責任を取るなど、るる述べて承諾を求めたので、控訴人は被控訴人の右言辞を信じて承諾するに至った(なお、担保借入期間は、当初申入れた三か月より延長されて、昭和四九年三月末日まで六か月とされた。)。

5  被控訴人は右承諾を得たので、木下社長に同行して訴外銀行を訪れ、新たに控訴人所有地を担保に供する旨申し入れた際、被控訴人が資産家であることを知っていた路川辰信支店長から、被控訴人の所有土地を担保に供しない理由を聞かれて、先祖伝来の土地を汚したくないためと答えたうえ、担保提供者たる控訴人に対しては見返りの土地を供してあるし、万一の場合は被控訴人が責任を負う旨を言明した。

6  そこで、訴外銀行は右担保提供の申入れを認め、昭和四八年九月二五日、融資担当の斉藤が訴外会社に赴いて、用意した所要書類に訴外会社の押印を得た後、控訴人方において右書類のうち「根抵当権設定契約証書」及び「限度取引別保証約定書」に控訴人の署名押印を得たうえ、登記のために使用する実印等の交付を受け、ここに前記争いのない本件根抵当権設定契約が成立した。

7  このようにして、訴外銀行は訴外会社に対し、期限を昭和四九年三月末日と定めて、七、〇〇〇万円を融通したが、右期限直前になって訴外会社の木下社長から、同月末に手形不渡りが出る見込である旨の予告を受けたので、訴外銀行の路川支店長及び斉藤係員は、同月二九日控訴人宅に事情説明のため赴いたが、控訴人方門前において、当日挙式された控訴人の長男の結婚の仲人を勤めた被控訴人が帰宅するのに出会ったところ、被控訴人から訴外会社の状況を控訴人に知られるのは都合悪いので、暫らく控訴人に秘して欲しい、自分が責任もって解決する、との申入れを受け、控訴人方への訪問を取り止めた。

8  訴外会社は昭和四九年三月末ころ手形不渡りを出して事実上倒産したが、これを知らない控訴人は、期限が過ぎても何らの沙汰がないので、同年四月一五日被控訴人に成行きを尋ねた結果、訴外会社の倒産の事実を知り、その際、被控訴人から、自分が責任をもって返済をするから銀行には黙っていて欲しいとの依頼を受けたものの、不安に駆られて同月二〇日ひそかに訴外銀行の路川支店長に会ったところ、被控訴人が責任を持つことになっているから、事を荒立てないで待っているようにとの説明があった。

9  被控訴人は訴外銀行から幾度となく催告を受けながらも、支払いを引き延すだけであったので、訴外銀行は同年六月控訴人に対し、本件根抵当権の実行が避けられなくなるかも知れない旨を通告し、他方、路川支店長は同月一六日控訴人、その妻ふさ及び長男信征、控訴人の兄稔らを同伴して被控訴人を訪れ、本件根抵当権の実行をせざるを得ないので、控訴人に対し保証する旨の一礼を入れるよう要望したが、被控訴人は控訴人に迷惑はかけない、自分が責任を負う旨を繰り返えし肯定したにもかかわらず、その旨の書面を控訴人に交付するよう求められたのに対しては、頑なにこれを拒否した。

10  ところで、控訴人は路川支店長から土地を競売に付されるよりも、任意売却してその代金で銀行に返済した方が得策であるとの助言を受け、昭和四九年九月三日、原判決添付物件目録(一)記載土地二、一五八平方メートル及び同(二)記載土地の一部四六七・〇一平方メートル(分筆により三二三一番の一八一となる。)を真壁俊吉に四、八〇〇万円で売り渡した。そこで、路川支店長は同月六日再び前同様、控訴人夫婦、親子と共に被控訴人に対し右事情を述べて、控訴人に対する責任を明示した書面の差入れを要求したが、被控訴人は遂にこれに応ずることなく終り、控訴人は前示のとおり、訴外銀行に対して代位弁済した。

以上のとおりであって、この認定に反する《証拠省略》は措信できない。右に認定したところによれば、控訴人が本件根抵当権設定契約を締結したのは、被控訴人が、万一の場合はすべての責任を負う旨を述べたうえでの要請に基づくものであることは明らかであり、右事実によれば、被控訴人は、本件根抵当権設定契約の成立に先立って、控訴人との間で、控訴人が物上保証人として債務者たる訴外会社に対して取得することのあるべき求償債権につき、これを保証する旨を約したと認めるのが相当である。訴外会社倒産後の被控訴人の言動にかかる前記認定事実も、右保証契約が成立したとの判断を補強するものということができる。

ところで、控訴人は前示のとおり、物上保証人として訴外会社の債務を弁済したから、同社に対し右弁済額四、三七三万四、七六一円と同額の求償債権を取得したことになり、そうだとすれば、被控訴人は右求償金についての保証責任に基づき、控訴人に対し右金額とこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四九年一二月一四日から右完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわなければならない。

控訴人は、右保証債務の取立てのため依頼した弁護士に支払うべき費用を、被控訴人の右債務の不履行による損害に当るとして、被控訴人に対しその支払いをも求める旨主張する。しかしながら、被控訴人の右保証債務は、金銭の支払いを目的とするものであるから、その不履行による損害としては、民法四一九条により、約定又は法定の利率によって算出された額に限られ、たとえそれ以上の損害が生じたとしても、その賠償を請求することはできないというべきである。したがって、控訴人の右主張は理由がない。また、控訴人は、控訴人の本訴請求は被控訴人の不当抗争に応じて訴を提起したものであり、前記弁護士費用は右不法行為に基づく損害であるとも主張するけれども、被控訴人の右抗争行為が不法行為にあたると認めるに十分な証拠がないから、右主張もまた理由がないというべきである。

してみれば、控訴人の第二次請求は、保証債務額四、三七三万四、七六一円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、認容すべきであるが、その余は棄却すべきものである。

四  以上判断のとおり、控訴人の第一次請求は棄却すべきであり、第二次請求中、保証債務とこれに対する年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は認容し、その余は棄却すべきであるところ、原判決はこれと異なり、控訴人の請求をすべて棄却したのであるから、その一部において失当といわなければならず、本件控訴は一部理由がある。

よって、原判決を主文一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新田圭一 真榮田哲 裁判長裁判官森綱郎は転補につき署名捺印することができない。裁判官 新田圭一)

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